雨宮処凛(著) すごい生き方 公式ページ

本の紹介

元リストカッターの雨宮処凜が
いま生きづらい人に、新しい生き方をしめす1冊。


「すごい生き方」
著:雨宮処凛
絶賛発売中!

定価:1300円+税
発行・発売/サンクチュアリ出版

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生きるという監獄
 ブログを始めたばかりですが、今年もあとわずかですね。
 今年一番大きかった出来事は、前のブログにも書いた、作家・見沢知廉さんの死でした。私の人生に大きな転機を与えてくれた見沢さんは、9月、マンションから飛び降りて亡くなりました。
 ちょうど「すごい生き方」の最後の方を書いている時期だったのですが、しばらくはショックで何もできない日々が続きました。やけ酒を飲み過ぎて胃腸炎になったりなど・・・(しかも家でやけ酒。相手は猫)。
 今回の取材などで生きづらい経験を持つ方に話を聞くと、辛い時期について「記憶がない」という方が多いのですが、私もつい三ヵ月前のあの時期、どう過ごしていたのか本当に記憶がなく、「ああ、こういうことなのか」とすとんとわかりました。それまでの辛い時期の記憶もあまり定かではなかったのですが、それは時間が経ったからだと思っていたのです。でも、違うんですよね。久々にその感覚を思い出しました。自分がどうやってその時期を死なずに乗り越えたのか、まったくわからないという状態。結構、タイムスリップしたみたいである意味お得かもしれませんが・・・。
 若干覚えているのは映画ばかり見ていたこと。しかもなぜかATGばかり。最後に主人公が自殺しちゃうような。映画見ている間は現実から逃れられますからね。あとは、いつも自分が書いているような、情念がものすごい濃い味噌ラーメンのようにギトギトしてるものじゃなく、現実離れした美しい世界の小説を書いていたこと。こちらは編集者の方に「一体何があったんですか!」と驚かれ、見沢さんの話をして、「とにかく現実逃避したくてキレイで美しい世界のことだけを考えていたかった」と言うと、非常に納得されていました。物を書く仕事だと辛いことがあっても書いて発散できるからいいな、なんて思っていたのですが、本当に辛い時期って、そのことについて書くことすらできないものなんですね。とにかくキレイで美しくて誰の悪意もないような世界の小説を書いて、ものすごくしつこく直してはその世界に没頭していました。ただただ美しい景色だけを描写しまくっているような。今考えると、その時書いた小説のイメージって、かなり天国に近いものだったなと、今、気付きました。
 見沢さんが亡くなる前、私も精神的に調子が悪く、このままいくとヤバいかも、とどこかで思っていました。そんな時期、訃報が飛び込んできて、こんなことを書くのもなんですが、後追いが頭をかすめたこともありました(もともと追っかけ気質だし、見沢さんの追っかけというかファンだったので)。なんかもうすべてがメンド臭くなってしまって。でも、あれは恐怖ですね。死ぬのが全然怖くなくて、自分は積極的に死のうなんてちっとも思ってないのに、身体が勝手にそういう行動を取っている状態。
 数年前にもいろいろなことが重なってヤバくなり、全然死のうとは思ってないのに橋から飛び降りそうになったことがありました。なんとか意志の力でセーブしましたが、本当に衝動的に身体が勝手に飛び降りそうになり、人生最大の恐怖でした。
「ギャーッ! 助けてーッ!」と叫びながら、助けを求める自分自身が橋から飛び下りようとしているという矛盾する光景・・・。一見するとコントみたいですが、本人は命懸け・・・というのもまたコントみたいですね。「自殺のコスト」という本で、飛び降り自殺して下に人がいてぶつかって死なせてしまった場合、1億円ほどの損害賠償が発生するということを自分で書いておきながら、頭からすっかり飛んでいるんですよね、そういう時って。
 そんな私自身の乏しい体験から思うに、自殺するその瞬間って、頭よりも身体が勝手に動いている場合も多い気がします。薬とかガスとか計画性のあるものは別ですが、飛び込み、飛び降りって、ホントにその瞬間、操られるようにそっち側に行ってしまうという感じで、私が体験したようなこととは紙一重なんじゃないでしょうか。鮮明に覚えているのは、その瞬間のたとえようもない恐怖です。ただの恐怖ではない、質量を持った恐怖というか。その恐怖から逃れるためには死ぬしかない、と瞬間的に思っていました。そしてそんな衝動から解放された瞬間、身体中から力が抜けるような虚脱感に襲われました。助かった・・・というか、死ななかった・・・と。ものすごい緊張感から解放された脱力感というか。
「すごい生き方」では、「こわれ者の祭典」の月乃さんという、元アルコール依存症で、今は生きづらかった経験を生かして活躍されている方にインタビューをしたのですが、彼は「辛い時はとにかくうずくまっていればいつか過ぎる」と言っています。精神科に三度入院した経験のある月乃さんの言葉には、とても重みがあります。辛い時期同様、今、自ら命を経ってしまうかもしれないという瞬間も、とにかくうずくまっていれば嵐は過ぎる、と言いたいです。
 ちなみに私の場合はそんな時、嵐が過ぎたらまずお風呂に入り睡眠を確保し(だいたい本気でヤバくなる時ってものすごい睡眠不足)、それから精神科に行き、それでも足りなければカウンセリングに行きます。生きづらさもベテランになれば、もうワケがわかんなくなる前に、そういった場合の自分に対しての緊急の対処法というのが確立されてきますから、ヤバくなったらこの病院、と頭の片隅に入れておくのもいいでしょう。
 と、こんなことをやたら書いてしまうのも、やっぱり見沢さんの死が大きいからです。
 とにかく、ものすごく打ちのめされました。唯一、なんでも話せる作家だったし、見沢さんがいなければ絶対に私は今、文章を書く仕事などしていないし、書く上で唯一相談できた人だし、いつもアドバイスをくれたし、これからどうすればいいか、いつも教えてくれた人だし。そういう頼りにしていた人生の先輩的な人がいなくなってしまったことに、やはりまだ途方に暮れています。
「群像」という雑誌で見沢さんの追悼文を書かせて頂いたのですが、そこで最後に私は、「あなたはやっと、生という監獄からも解放されたのだ」と書きました。見沢さんは23歳の時に殺人や火炎瓶ゲリラ事件で逮捕され、12年間を獄中で過ごし、その中で小説を書き、賞を取って作家デビューした人です。12年の監獄生活は想像を絶する苦しさだったようですが、シャバだって苦しかったのだと思います。そうなのです。生きること自体がたぶん「監獄」なのです。振り返れば、私自身も、今生きているということ自体が終身刑を宣告されたようなものだと絶望していました。生きること自体が監獄ならば、そこからやっと解放されたのだと思えば少しは残された自分の気休めになります。それに生きること自体が監獄のようなものなのだから、人生に過剰な期待をしなくて済む分、楽に生きられる気もします。


| 「すごい生き方」 | 06:48 PM | trackback (0) |
はじめに
 はじめましての方ははじめまして。
 その前から知ってるという方はどーもどーもこんにちは。
 雨宮処凛といいます。小説やエッセイ、ノンフィクションなど書いています。
 このたびサンクチュアリ出版より「すごい生き方」という生きづらさに関する本を出版して頂くことになり、その本にちなんだブログを始めようと思いたち、こうして書いている次第です。
 えっと、まず、自己紹介を・・・。
 1975年北海道生まれ、現在30歳、水瓶座でA型で、持病はアトピーとアレルギー性鼻炎と喘息という三重苦です。猫2匹に日々虐待されながら暮らしています。ちなみに誕生日は1月27日です。あと少しです。別に他意はありませんが、覚えて頂けると嬉しいです。

 小さな頃からアトピーが原因なのかやたらイジメられキャラで、ずっとイジメられをライフワークとしてきました。が、中学頃からそんな状況に精神が蝕まれたのか自殺を考えるようになり、高校に入ってからは突然ヴィジュアル系バンドの追っかけになり、その頃から家出、不登校、リストカットなど一気にデビューしました。高校卒業後、人形作家の天野可淡のKATAN DOLLが大好きというベタなバンギャルだったため美大に入ろうと上京したのですが、二浪しても全部落ち、その後、某人形作家さんの教室に通ったり、バンドを組んだり、自殺未遂イベントをしたり、サブカル・アングラ近辺をうろついたりしながらリストカットやオーバードーズな日々を過ごしていました。この頃、オーバードーズで救急車、胃洗浄という定番コースも経験しました。身分はフリーターだったり今でいうニートだったり、です。とにかくイジメられが長かったせいか「自分が何か特別なものにならなくては自分をイジメた奴らを見返せない」という強迫観念にかられていて、いろいろなことに手をつけていましたがことごとくダメでした。バイトもすぐにクビになるし。そのたびに、「こんな、こんな自分を必要としてくれない社会、自分を認めてくれないような社会は滅んでしまえ! 」と毎日激しく願っていたのですが、滅んだ方がいいのは世界ではなく自分自身ではないか、という至極まっとうなことに気付いては死にたくなる、という悪循環でした。
 そんな頃、今年9月に亡くなった作家の見沢知廉さんに出会い、「お前のようなエネルギーの行き場がなくて自分に攻撃性が向かってるような奴は革命を起こせ! 悪いのはお前ではない! 時代の方だ! 日本の方だ! 日本を転覆させろ! 暴力革命万歳! 」ということである右翼団体に紹介され、その団体に入り、活動家デビュー。今の日本ではあり得ない「完全燃焼な日々」を体験させて頂きました。とにかく不完全燃焼で不発な毎日からできるだけ遠くに行きたかったのです。「意味のある命の使い方」などない日本で、自爆テロでもいいから有効な命の使い道を見つけたかったのです。もっと若者に訴えようと「維新赤誠塾」という愛国パントバンドを結成して活動していましたが、どこか自分の生きづらさを誤魔化すために政治的思想に依存している自分に気付き、政治活動はやめました。その後も「大日本テロル」というバンドを組んだりしましたが、今は音楽活動はしていません。また、今は右的思想でもありません。なんか今の自民党とかキモくて・・・。そういうのじゃなくてアナーキーな愛国だったのが、本気の方向に世の中が変わりつつある状況を懸念しています。って、それはまた別件ですが。ちなみに「維新赤誠塾」時代の私の活動は「新しい神様」(監督・土屋豊)というドキュメント映画になっていますので、興味のある方はレンタルビデオ屋でどうぞ。
 と、そんなことをしていたのですが、その間にも北朝鮮に五回ほど行って、よど号グループの娘たちを自分の家にかくまったり、その関係で警視庁が我が家にガサ入れに入ったりといろいろありました。あ、「維新赤誠塾」がイラクでライヴやったりね。イラクの国際音楽祭に「日本代表」として出演し、シャウトしてきたのです。アラブ世界に日本の恥をバッチリしらしめてきたので皆さん安心して下さい。その音楽祭、世界中からその国を代表するミュージャンが参加し、中国からは中国雑技団が参加、日本も十数年前は北島三郎が出演したのですが、その年に限って、日本代表は日本でも抜群の知名度の低さを誇る(たぶん全国でも五人くらいしか知らなかったのでは?)「維新赤誠塾」だったのです。でもサダム・フセイン大統領がテレビで見ていて喜んでくれて、バグダッドの大統領宮殿に招待してくれて、今は亡きフセインの息子のウダイさんと会ってきました。
 って、こんなこと書いたら、この人ホントに頭おかしいんじゃないの? 妄想? って思われるかもしれませんが、ホントなんですよ。私も自分の経歴見て、絶対頭おかしい人の妄想に決まってる、と時々思うんですが、これが全部ホントだから困ったもんです。
 と、こんなふうな経歴なんですが、ここまで書いた経歴がだんだん常軌を逸してくる頃から、私の生きづらさは大分緩和されてきました。
 そうなんですよ! 私もいろいろな経験を経て、いろいろな人と出会い、気付いたのですが、どうやら私の感じてきた生きづらさというのは、常識とか世間体とか普通と言われる人々の価値観に縛られて苦しくなっていた部分が大、なようなのです。
「すごい生き方」では、そんなふうに生きづらさをプラスに変える、ウルトラCの方法をたくさん書きました。くだらない常識からいかに自由になるか、という方法も。また、実際に今生きづらい方たちからお話を聞かせて頂き、500人にアンケートも実施し、勝手なアドバイスをさせて頂きました。
 そして! なんと! このブログでも、皆さんの「相談」を募集します! 「相談メール受付」から私に相談を送って下さり、採用されましたら、私がここで一発逆転のアドバイスをぶちかましますっ! どんな相談でも構いません。ガンガンメール送って下さいね!ちなみに採用されても何も貰えません!

 ということで、私の経歴をもっと詳しく知りたいという方は、
自伝だったら「生き地獄天国」
北朝鮮、イラク関係は「悪の枢軸を訪ねて」「戦場へ行こう! 〜雨宮処凛流・地球の歩き方〜」
自殺を考えるあなたにこの一冊、タダじゃ死ねない「自殺のコスト」
 という感じでしょうか。
 もちろん、「すごい生き方」が最新の役に立つ情報が一番詰まっています!
 発売は来年1月ですので楽しみにしていて下さいね!


| 自己紹介 | 11:29 PM | trackback (1) |
 

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