星の王子さま バンドデシネ版 公式ホームページ

 

――――では、この先はBD(ベーデー)の話を少ししましょう。
フランスのコミック、バンド・デシネ略してBDというのは日本のコミックとはだいぶ印象が違います。
一番の違いは大人向けである。あの『タンタンの冒険』と『アステリックス』というものが、シリーズものとして有名なんですけど、実はシリーズものはそんなに多くなくて、一冊読み切りで、相当凝った話を非常に凝った絵で描いて…、というのが多分主流だと思います。
日本のものも沢山翻訳されています。フランス人もマンガ・劇画が大好きですから、本屋さんでコーナーひとつ丸ごと「日本のマンガ」という、ホントにそういう風になってるんですよ。僕の住んでいた町でも2階建ての本屋の2階の一角すべて日本のマンガでした。だから、僕の作品を翻訳してくれている人も、普段はコミックを翻訳してお金を稼いでいて、残った時間で文学あるいは好きなものを訳す。
彼の場合は奥さんが日本人だから、(彼女が)端から簡単なフランス語にどんどんしていって、自分がそのフランス語を整えていけば早くできる。そうするとお金になるんだ、と。
――――(観客 笑)

――――そういう翻訳者がいるくらい日本のコミックは沢山出ているし、人気もある。
それに対して、フランスのBDというのは、大人を相手にしていて、サイズは大きいんですね。この『星の王子さまBD版』も小さくしてありますけど、もともとは6コマが1ページに入っています。全部同じサイズです。
日本のコミックのように、大ゴマといいますか、いきなり大きくなったり、コマの端がべきべきと折れて絵が次のコマに飛び出したりということはしません。
だから絵の力がずいぶん重要ですね。絵の力が非常に効き目があって、面白いと思っていました。
▼星の王子さま BD版 原書の雰囲気

――――この間、たしか翻訳作品が出ましたけど、ニコラ・ド・クレシーの『氷河期』という作品があって、これは今から何千年か後、ヨーロッパが氷に覆われていて、生き延びた人間たちから構成された探検家がやってくる。その探検隊は20世紀までのヨーロッパの文明のことなんか何にも知らない。主人公は犬なんですけどね、よくしゃべるし、生意気だし、思想も持っている。そして、彼らが何を見つけるか、というとルーブルなんですよ。ルーブル美術館の遺跡に入って、そこの絵や彫刻を見ていって、これはいかなる文明であるかを読み解こうとする。それが人間たちの考えがことごとく外れるんですね。裸の女の絵ばかり見つかるから、この時代の人間たちはみんな色情狂だったとか。それに対して、ハルクという名前の犬だけが彫刻を見て正しい解釈をする。
これはどういう意図から作られたかというと、ルーブル自身が、美術館としての意味づけをBDの形でやって欲しいと、これまた作者と協力してやっているんですね。なぜこの例を出したかというと、『氷河期』の中で、当然「絵画」が引用されるわけですよね。具体的に言えば、ルーブルにある、誰それが描いたこの絵!と引用されて、(それを見て)みんなが色々言うわけです。その絵のBDの中での引用の仕方が本当に上手いんですよ。簡単な筆で、あの傑作がこう描かれるか、という感じ。それはリアリズムによった絵の凝り方ですね。

――――また、そうではなくて、スファールの絵のビジネスマン。ああいうやり方で上手い人もいる。

――――日本の場合は、ストーリー性とテーマとそれから長く続くこと、というあたりがコミックの特徴だろうと思います。フランスの場合は、一作一作に非常に力がこもっている。
そんなのがフランスのBDです。最近は、日本でもだいぶ翻訳されたものが出てきて読めるようになりました。興味があったら見てください。

――――そのうえで、もういっぺん『星の王子さま』に戻りましょうか。
いくつか“目に見えない”大事なこと(笑)を申し上げると、サンテグジュペリの思想の底には、規律とか決まりごと、あるいは命令などによって人間が引きたてられるという考えがある。人間の中からその一番大事な資質を引き出すためには、ある種の強制が必要である、という人間論ですね。
それが、いかにもフランスらしい大事なことなんだろうと思います。

――――王子さまとキツネが出会う。友だちがいなくて寂しい王子さまが「だから友だちになって」とキツネに言う。すると、キツネはこう言います。「それには時間がかかるね。何よりも忍耐が大事だよ」「毎日決まった時間に会って、最初は遠く離れて座っていて、何にも喋らなくていい。言葉は誤解のもとだからね」そして、だんだんに次の日はもう少し近くに座る。そうやって時間をかけて、親しい仲を作っていく。それも毎日決まった時間がいいんだ。4時に君が来ると分かっていたら、3時にはうきうき、僕は嬉しくなるから」

――――規律、決まり、促しによって人間の中の大事な力を引き出すという考えは、彼の処女作の『夜間飛行』という作品の中で、非常に厳しい支配人(リヴィエール)がいて、その厳しさによって、パイロットの中から能力を引き出し、かつ事故の可能性を押し下げ、初めは冒険でしかなかった飛行機で飛ぶということが日常生活の営み(いわばビジネスですね)になるように仕立てあげていった話の中にも見られます。『夜間飛行』にはモデルがいたらしいんですけどね。そうやって、人間の中の力を引き出すための智恵というものがある。

――――それを『夜間飛行』から『人間の土地』まで、何遍も彼が言ってることですね。
ある意味では、堅実なフランスの農民の思想です。
サンテックスにとっては、農民の思想という部分もとても大事であって、彼自身は貴族出身で実際に畑を耕したりしないんですけど、飛行機というのは、農夫にとっての鋤や鍬と同じように、大地を耕す道具である、と言っている。抽象的にですけど、飛行機という道具を持つことによって、人間は大地を認識できるようになりました。それは、放置してある地面はただの地面でしかなくて、そこを耕して、種を撒く、そうやって、“人間化“することによって、自然が値打ちのあるものに変わるという思想です。

――――これはとってもフランス的なものの考え方で、自然は自然のままで放っておいてもしょうがない。日本人の中には自然崇拝的なものがあるんですけど、それとは違い、人間に使われる形に仕立て直すことによって初めて価値が生じる、という非常に農民的な思想がずっとフランスにはある。
なぜなら、フランスってとても運がいい国土なんですね。あれだけ広くて、比較的平らで、充分に水があって、つまり農業、畑にする、牧草地にするのに、昔から適しているから、フランスは今でもとても豊かな国であり、それによって安定した経済が成立して、あれだけの文明が生まれた。今も食料輸出国ですからね。自給率150~160%でしょ。たくさん取れるってことは美味しいものが取れるってことで、美味しいものは輸出しないで、自分たちで食べちゃうからフランスのものは美味しいんですよ。5年住んでいて、良く分かった。本当においしい。
農業の方でも自信が裏付けとしてありますね。農民の思想はサンテックスにとっては、ほとんど自明のことで、しかし、その思想を強調することで彼の人間観が出来ている。

――――でも、こういう話もあるんですよ。あの頃の郵便飛行というのは、フランスから始まってスペイン、それからアフリカの西海岸セネガルのあたりを通って、頑張って大西洋を一飛びするものだった。サンテックスは南米でさらにブエノスアイレスまでいく郵便飛行の路線を開拓する仕事に携わっていたんですね。

――――飛行機技術が第一次大戦で発達して、戦争が終わると、使われていた飛行機が余った。パイロットも余った。
平和的に利用するには、何をしよう? よし郵便を運ぼう。船よりずっと速い。だけど最初は飛行機もボロかったし、基地も整備していないから、事故がたくさん起こってひどかった。困難をひとつひとつ克服して郵便飛行の路線を確立するというところで、サンテグジュペリはずっと働いていて、優秀な仲間を何人も持ったし、中には事故で亡くなる者もいた。最初の頃はピレネー(フランス・スペイン間の山脈)を越えるのも大変だったんです。

――――次は、夜が問題だった。船や汽車は夜も動いていたけど、飛行機は夜飛べない。その間に船や汽車に追い越されてしまう。それじゃ不利だから、夜も飛べるようにしよう。それが『夜間飛行』という彼のデビュー作に込められた意味ですね。

――――その次は、海です。大西洋を越えられるか。アフリカと南アメリカの一番近い所を飛べるか? そのあと、最終的に最後の困難になったのが、アンデス山脈なんですね。アンデスが越えられるか?

それが、『人間の大地』のなかで、一番有名なメルモスという彼の友人が、アンデスの山の中で墜落して、みんな絶望していたんだけど、一か月後に生きて帰って来た、という感動的な話に繋がるんだけれども。
そうやって自然に対して人が働きかけることによって、自然から人にとっての値打ちを引き出す。これはカトリック的な世界観でもありますけどね。


――――だから、話を戻すと、キツネは王子さまに向かって、「ぼくを飼い慣らしてくれ」と言うんですよ。Apprivoiser(アプリボワゼ)とよく問題になる動詞なんですけど、なぜ「飼い慣らしてくれ」なのか?「友だちになってくれ」ではないんです。
友だちは平等なんですよ。そうではなくて、キツネは自分をキツネと思っていて、自然の側に居るから。だから王子さまの方から働きかけて、自分を友だちにしてくれ、と言っているんです。
―――普通は「飼い慣らしてくれ」って家畜に向かっていう言葉でしょ。そこで、人間と自然は決して平等ではない。「働きかける相手である」というのがサンテックスの思想であり、フランス人の自然観なんだろうと思いますね。

 

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