星の王子さま バンドデシネ版 公式ホームページ

 


――――さて、これぐらいの時間(このトークショーを聴いているぐらいの時間)をかければ読めてしまうかもしれないのですけど、でも、終わりまでいっても読み終わったとは思わないでしょう。三日くらい置いておいて、戻って読んで、一週間経ってまた読んで、細かい所まで読んで「あっ、こんな悪戯がしてある!」というのもあるし、「ここはこういう深みのある言葉」だと分かるときもあるし、1年たって、3年たって、5年たって、また読んで面白い。それから、もちろん元のオリジナルに戻って読んでいただいても、とっても意味のあることだと思いますし、これはつまり僕が売りこんでるんですよ。(笑)
自分が大変面白い仕事をして、結果に満足して嬉しいので、ぜひ分かち合っていただきたいと思います。


質疑応答

――――それでは、質問の時間を作りましょうか。

(観客1)池澤さんは「子どもの頃から、『星の王子さま』を何度も読んでいた」とおっしゃっていますが、それはいくつくらいのことですか?
その他の『人間の大地』などの散文のシリーズはいつごろ出会われたんですか?

――――振り返れば、最初は小学校の4,5年くらいだったと思います。岩波少年文庫というシリーズがあって、内藤濯さんの訳だったけれど、立派な大判ではなく、挿絵もカラーではない小さなものでした。それがいちばん最初でしたね。
その次に読んだのが、『夜間飛行』でした。それが、18歳~19歳かな。堀口大学さん訳の新潮文庫。『夜間飛行』と『人間の土地』と『戦う操縦士』、この3冊が新潮文庫に入っていましたね。そのあと、25歳くらいのときにみすずの全集が出始めて、そこで『城砦』も読んだし、その他のものも一通り読めるようになって、あれでほぼ尽くされましたね。そんな順序を追って今に至っています。
では、『星の王子さま』をいちばん丁寧に読んだのがいつか、といったら(自分が)翻訳したときですよ。翻訳と言うのは精読の極みですからね。1行ずつ、ああでもないこうでもない、と考えながら読むわけですから、それが一番綿密な読みをしたときでした。

(観客2)先ほど、フランス的自然観ていうのがサンテックスの思想であるとお話があったのですけど、池澤さんの作品にも自然観というのを感じます。あらためて池澤さん的な自然観と、できましたら日本人的な自然観というのを少しお話いただきたいです。

――――はい。それは(この時期だと)つい悲しい話になるんですけどね。フランスの場合というか、カトリックの場合は、神は天地を作られた。それは「人間が暮らす舞台として」である、という想いがどこかにあるんですね。人間は、神様に特別愛された子どもである(という)。   
自然界の動物も植物もどれも人間のために用意されている。
そこで人間は幸福に暮らせるはずである。「だのに、なんでお前たちは堕落したんだ」というのが普通のキリスト教の自然観なんだろう、と。
ベートーベンの「自然における神の栄光」という曲があって、それはつまり、自然が美しくみえるとしたら、それは神様の偉大さを表現しているんです。素晴らしい夕焼けの絵なんかにも、どこかでそういう思想がありますね。
そういう人間中心の考えがあって、だから、それが崩れたときに彼らは困ってしまうんですね。

――――この時期だからこそ、今ぼくが考えていることを話せば、1755年にポルトガルのリスボンで大地震があって津波があって何万人も死にました。このことはヨーロッパの知識人にとって非常にショックなことだったんです。
本来自然と言うのが人間のためにあるんだったら、すべてが調和して、すべてが上手くいくはずである。少々ずれることがあっても、あるいは、病気が流行ることがあっても、基本的には世界は善である。だけど実はそうではない、という現実が目の前に突きつけられると、ペシミズムに襲われる。
ヴォルテールが一番いい例ですけど、「世界は人間のためにあるのでは、ない!」と述べて、ニヒリスティックな考え方が出てくる。

――――ひるがえって日本人にとって自然とは何かと言いますと、まずは、恵みの大地です。気候が温暖で、水がたっぷりあって、日当たりもよくて、そうして実をいうと、大陸からちょっと離れている。離れていれば異国の軍隊はこない。1945年まで異民族支配を知らないで済んだ。絶妙な距離なんですよ。だから文明は来てくれる。船の行き来があるから、中国という大きな文明からモノをもらって教えてもらって、こちらにも小さな文明を作ることも出来る。そして食べるものも十分、海の幸も山の幸もある。申し分ない。
しかし、災害が多い。プレートの境界線上にありますから、火山、地震、津波はどうにもしょうがない。昔から日本人がよく知っていることですよ。だから我々は自然に対して永遠を求めなくなった。無常観といいますかね。たぶん、無常観という仏教的な思想は、インドや中国よりも、日本において一番納得のいくものだったんだろうと思うんです。

――――すべてが「うつろう」。だから「うつろう」中に美を求める、日本人が桜を好きなのもそのせいなんですよ。咲いたなあと思ったら、散ってゆく。
では、ホントに災害が来て営々と築いたものが壊されたらどうするか?

――――諦めて泣くしかないんですよね。相手が自然では。

諦めて、泣いて、踏ん張って、立ちあがって、もう一遍、作り直す。
無常であると思いながらも、とにかく目の前の暮らしのために、とにかく作り直す。
それをずっと繰り返してきた。
それはやっぱり、フランス流に大地を自分の手で手なずけて、自分たちのモノにして、そこから富を得て、そして、それを積み上げて永遠に至ろうとする、 そういう思想哲学、カトリックもそうですし、デカルトもそうですし、人が依ることのできる確固とした哲学を日本人は持たなかった。
たぶんそれは、無常、自然条件の悪さゆえにすべてのものは続かないと思って、持ち得なかった。そのかわり、日本人の哲学は文学で表現されるんですよ。和歌、俳句、平安朝の女房文学、その他。哲学書はさほどスゴイものは書かなかったかもしれない。いわゆる方法序説は書かなかったけれども、かわりに源氏物語を書いたんですね。そういう形で、人は自然を経由して自分を表現するんですよ。

――――それが我々のものの考え方のフレームにあるから、たとえば第2次大戦で負けたことを取り上げるならば……。
あれは、自分たちの大失敗で負けたんですよ。運が悪かったんではないです。作戦が悪くて、やり方が悪くて、現実を見ないで、必勝の信念とか八紘一宇とか、五族協和だとか、意味のないスローガンに踊っていたから負けたんですよね。
それは人間の判断の結果だったんだから、どの段階で誰がどう判断して、戦争に負けるような情けないことになったか、どれだけの戦争犯罪があったか追及すべきであったのに、(ドイツは徹底してしましたね)、しかし、日本でそれはしなかった。

我々は戦争に負けて、みんな酷い目にあって、街が全部焼けて、原爆が落ちたことを、いってしまえば一種の天災だと受け止めてしまう。―――災害として。

――――だから、明日から頑張ろうといって、一億総ざんげといって責任を分散してしまって、自分たちの手で戦争犯罪人の裁判はしないで、なんとなく次に向かって進んで、復興したんですよ。
これが多分、仮にフランスを例に出すとするならば、フランス人の自然観と日本人の自然観の歴然たる違いであり、それが我々の今までのやり方であったわけでしょ。

だから今回の震災のことにしても、地震に対して、津波に対して、(日本人は)同じように振る舞うと思いますよ。なんとか助けよう、手を貸そうと被害を均等に国中に分けようと考える。東北だけに限定しないで。

昔は三陸に津波が来ても、ほとんどそのニュースは伝わらなかったわけでしょ、869年の貞観の大津波のときだって、それが都まで伝わったかどうかも怪しいものですよ。今はそうじゃない。全部共有できるわけだから。そして次の段階としては、もっと災害に強い国土を作ろうと、いうように考えられるようにはなってきた。ただ諦めるだけではなくて…。

――――ただし、原発は別です。
あれは第2次世界大戦と同じように人災ですね。しかも、あれも原発は安全であるというイデオロギーですよ。現実の科学的裏付けのないモノに「安全」という言葉だけが一人歩きして、それを疑うものを全部つぶしてしまって、現場の声は上に届かなくて、実に第2次世界大戦的な敗北だと僕は見ています。
でも、それは今のご質問の範囲の外だから、あんまり言わないようにして(笑)、気が滅入るし。……まあしかし、そういう国土である。恵みがあると同時にその分危険なものも多い。少なくともそれを承知して、なるべくそれに負けない国を作っていくしかないですね。……などということを今はやっぱりついつい考えています。

(観客3)話が変わってしまうんですが…。
変えましょう。

(観客3)フランスのBDが大人向けだという話があったんですが、サンテグジュペリの遺族からジョアン・スファールに持ちかけたというのは、大人向けにしてほしいという意図があったからですか? それからあと、なんでバンド・デシネにしようとしたのか? その点をどうお考えですか?

――― じゃあ、元の『星の王子さま』は大人向けだったか、子ども向けだったか?
たぶん、非常に幅が広いと思うんですけど、子どもにも読める。読めたような気がする。でも読み切っていない。その感じをそのままうまくコミックにできれば、それは大人から子どもまでになる。
「はい、この本買ってきてあげたよ」と、誕生日に渡してやって、わーっと読んで、忘れるかもしれない。でもあとで、また読みに帰ってくるでしょう。
あるいは、恋人同士で、(プレゼントで渡しても)「相手が子ども扱いしないでよ」と怒りはしない。そう言う意味では、大人が読んでも子どもが読んでも興味が持てるような幅のある原作であり、それがそのままの形でこのバンド・デシネになったと思うんですね。
遺族がなぜバンド・デシネにしたのかは、なぜでしょうね…? やっぱり彼らとしては、なるべく沢山サンテックスの作品が世に広まって欲しいと、そのために色々と形を変えて、世に出すということをやって行くのが自分たちの使命だと思っていると思うんです。
だから、日本でも出ましたけど、ポップアップ・ブック(飛び出す絵本)の形もありますし、そういう展開をするのはご先祖さまのためにかな、意味のあることだと思ってるんではないでしょうか。で、その中にひとりスファールの熱烈なファンがいて、「絶対あの人に頼もうよ、僕が交渉に行くからさ」と言ったかどうかは分かりませんけれども(笑)、なんかそういったことも想像できると思います。

(観客4)さきほどから、お話とかキーワードとかで頂いているんですけど、星の王子さまでサンテグジュペリがいちばん伝えたかったメッセージというのは、(それぞれの読み手にとって違うと思うんですけど)、池澤さんにとって、この中で伝えたかっただろうな、というメッセージは何だとお考えですか?

―――それが一言で言えれば、本は書かないですね。
(観客 笑)
……といういじわるな答えはしないで、本気で考えてみるとコミックになったことによって一番強調されたのは、王子さまがバラに対して抱いていた想いですよ。結局全部を貫いているのは。

―――いったんバラとの仲がこじれちゃって、相手のわがままを受け止めるだけの心の広さがこっちになくて、それで背を向けて出てきてしまった。それによって自分が、どれほど値打ちのあるものを捨てたのかが、ようやくキツネに教えられて分かってくる。だからそこに一年後に帰る。
そのためには、パイロットと出会って仲良くなったこともいったん捨てる、と。それはバラへの愛と同時に責任でもあるんですよ。つまり、バラが元気で幸せであることの責任が自分にある。だから帰らなきゃいけない。たしかにいろんなメッセージが入ってる本だけど、コミックにするときにスファールはこの線をくっきり太く描いたんですよ。そして、それがパイロットとの別れの悲しさを強調している。
そういう意味ではコミックになって、整理されることで、メインのストーリーが見えやすくなりましたね。もちろんそれを強化するために“キツネが言ってくれたこと”や、“千のバラが咲いていても自分のためのバラはひとつしかないんだ”、というメッセージが際立ってくるんだけど、最終的にはバラとの仲がメッセージというか、なんというか話の核だと思います。そう思ってもういっぺん読んでください。

――――じゃあ、今日はここまでにしましょう。それでは。
――――(観客 拍手)

 

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